教育に予算を投じるのはいいけれど


今回は以前書いた、アフリカ南部から見た教育の話について、ネット軍師になるかもしれませんが、だらだらと書いてみたいと思います。前回の話はこちら(https://mvt-southernafrica.com/2026/07/12/260712/)になります。

国が教育に投じたお金に対してのリターンが少なすぎではないか、というのが私の感想です(前回も書いたかと思いますが改めて)。
大卒の若者を国の予算で生み出している(財源はもちろん国民の税金)にもかかわらず、多くの若者に仕事がありません(この場合、若者の中に大卒も含む)。国によっては若者の失業率が25%を超えてきます。ということは、国が教育に投資をしてきたお金が少なからず「無駄になっている」という事になってしまっているのではないでしょうか。

例えばボツワナの場合、大学生は毎月2万円の「おこづかい」を国からもらっています。1年間に24万円もらえる計算なので、4年間で約100万円支給されることになります。もちろん、これらのお金は彼らが学位を取るために生活費として使うので、経済はある程度回ります。ただし、この政府からのおこづk、もとい、給付金(的なもの)は、彼らが大学を出た後に会社や政府で働いて、国の発展に貢献してほしい、という願望が込められているはずです。しかし、国内に仕事があまりないために、残念ながらこの願望は打ち砕かれています。そしてこの願望の打ち砕かれ具合は、もう何年も続いています。

仮に大学を卒業して500人に仕事がないとすると(実際はその数がもっと多いはず)、それだけで毎年5億円が結果として無駄遣いになっているわけです。さすがに無駄遣いは言いすぎかな。500人が仕事に就けないということは、それだけ政府が教育に投じた資金から、期待されたリターンが得られていないということを意味しています。それが何年も続いているので、総額で考えれば数十億円が、ということになります。たかが5億と思われるかもしれませんが(多分、日本の外務大臣の外遊のほうがもっとお金を使っているのでは?)、ボツワナにとっては貴重です。そのお金を違うところへ回して、まとまった額で経済が少しでも発展するような何かに使ったほうがまだましでしょう(1人に2万円渡したところで、使うところは限られている)。

この話はボツワナだから、この程度の「損失」ですんでいるのですが、これがより若者の人数が多い南アやジンバブエなどでは、その損失額はもっと多いと思います。

それでも、政府与党は教育への「投資」を止めようとはしません。
すべては選挙のため。
「うちの子供が大学に入れたのは与党のおかげ。一票入れないと!」
この表現自体はただの妄想ですが、この一票のためだけに、教育に多大な予算をつけています。

現行の教育制度、ではなく国として教育方針を変えるしかないのでしょうね(ネット軍師が登場w)。
とりあえず、教育のベースとして、小学校は子供全員が卒業してもらう(落第者ゼロ)。そしてここに人的リソースの大半を投入(プールはいらないよ、ボツワナのとある大臣さん)。どこに行っても必要な最低限の知識をここで吸収してもらう。
中学・高校は現状から少し狭き門にする。落第はやむなし。ただ、落第後の再チャレンジの余地は必要(ただし、1学年下の応募にする)。大学は必要なさそうなところは潰すなり学部廃止でいいでしょ(笑)
最も重要な方針は、子供の家庭ー学校ー地域が一体となって、今まで以上に真剣に子供の将来を考えていく事でしょう。各地域、家族でいろいろな考え方があります。「大学に行くことが全てではない。給料は安いかもしれないけれど、地元で仕事をしっかりしていくのも1つだよ」と丁寧に諭せるか、になるのではないでしょうか。

勉強は苦手かもしれない。でも、それと仕事ができるかは別問題。この数年、そんな事を時々考える一文字がお送りいたしました。とりあえず、17歳の少年にインターネット上で介護をされるようなお爺さんにならないように、週末は少しだけ勉強します(苦笑)。